大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2761号 判決 1977年10月26日

控訴人 福田隆平

右訴訟代理人弁護士 音喜多賢次

被控訴人 川本弘房

右訴訟代理人弁護士 篠岡博

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人が被控訴人に賃貸している別紙物件目録記載の土地の賃料が、昭和四八年五月一日以降同五一年一月一〇日まで一ヶ月金一万一六〇〇円、同月一一日以降一ヶ月金一万六六〇〇円であることを確認する。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、その余被控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人が被控訴人に賃貸している別紙物件目録記載の土地の賃料が昭和四八年五月一日以降月額一万七二八〇円であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴代理人の主張

仮に、昭和四八年五月一日当時の本件土地の適正賃料が月額一万七二八〇円に達せず、かつ本訴を提起しこれを維持していることにより継続的に賃料増額の意思表示をしているとの控訴人の主張が認められないとしても、控訴人は被控訴人に対し、昭和五一年一月一〇日送達された控訴状により本件賃料を月額一万七二八〇円に、また同年九月一八日送達の同月一三日付準備書面により右と同額に増額すべき旨の意思表示をしたのであり、少なくとも右時点では適正賃料は月額一万七二八〇円を下らないから、前記各請求の日の翌日から、本件土地の賃料は右同額に増額されたものである。

二  被控訴代理人の主張

本件土地は土盛りされている隣地に比して低く、雨水が溜まりやすい上、南側隣地の建物や塀により日照を妨げられ湿地となっているなど近隣の土地に比し宅地として特に劣悪な条件にある。この点を度外視して本件土地の賃料を算定することは当を得ないものである。

三  証拠関係《省略》

理由

一  請求原因第一、二項(本件賃貸借関係及びその賃料が昭和四四年以降同四七年四月まで当事者の合意で増額された経緯)については当事者間に争いがない。

二  右の争いない事実によると、本件土地の賃料は昭和四七年四月以降月額六七九六円に増額されたわけであるが、その後さらに土地の価格が高騰し、本件土地の公租公課も増額され、近隣の地代も相当に高額となり、昭和四八年五月当時において前記本件土地の賃料額が不相当となるに至ったと認められることについては当審の判断も原判決と同じであるから、この点に関する原判決の理由(原判決五枚目表二行目から同裏一行目まで)を引用する。なお、当審における鑑定人加藤実の鑑定によると、その後昭和五一年までの間においても前記と同様の傾向が続いていたと認めることができる。

三  ところで、控訴人が昭和四八年四月頃被控訴人に対し同年五月以降の本件土地の賃料を月額一万七二八〇円に増額すべき旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、さらに控訴人が被控訴人に対し昭和五一年一月一〇日送達の控訴状及び同年九月一八日送達の準備書面によりそれぞれ本件賃料を右と同額に増額すべき旨の意思表示をしたことは訴訟の経過に徴し明らかである。

そこで、右増額請求の当否につき以下に検討する(なお、控訴人は、本訴の提起及びその維持により継続的に賃料増額の意思表示をしていると主張するが、主張は採用し難く、この点については原判決の理由四を引用する)。

四(一)  まず、本件土地の位置、環境その他の条件については、当裁判所の判断も原判決の判示と同一であるから、これに関する原判決の理由二の(一)を引用する(ただし、《証拠省略》によりこれを認める)。

(二)  ところで、土地の適正賃料を定める方法には種々のものがありうるが、原判決は次のような方法をとっている。

すなわち、別表1のとおり、前記争いのない昭和四四年以降の各合意による賃料に基いて、(1)必要経費の年額賃料に対する比率、(2)約定賃料中純収益にあたる部分(年額賃料から公租公課を控除したもの)の土地価格に対する比率、(3)年額賃料の底地価格に対する比率、を各年度につき算定し、右(1)ないし(3)につきそれぞれ各年度の平均比率を求める。そして、昭和四八年四月当時における土地の価格及び公租公課を基準にしていわばスライド方式により、別表2のとおり、前記各平均率により昭和四八年四月当時の賃料を試算した上、さらにこれを平均した数値を求める(この額は、年額一一万八四八六円、月額九八七三円となる)。そして右を基本として近隣の賃料、消費者物価指数等の諸事情を考慮参酌して昭和四八年五月以降の相当賃料額を月額九八五五円(三・三平方メートルあたり一三五円)とする。

(三)  右の方法も確かに適正賃料算定の一つの方法として評価できるものであるが、過去の賃料額の推移をそのまま算定の基本とすべきかについては、なお検討の余地があると思われる。

(四)  ところで原審における鑑定人西村康哉の鑑定の結果(以下西村鑑定という)によると、昭和四八年四月当時における本件土地の近隣の五例の借地の平均賃料は三・三平方メートル当り月額一三一円(なお、昭和四九年四月のそれは一七七円二〇銭―以下格別の記載のない限り、三・三平方メートル当りの月額を示す)、本件宅地との条件の優劣を勘案して修正した上での平均は昭和四八年四月当時で一二八円八一銭(同四九年四月は一七五円二五銭)であり、また当審における鑑定人加藤実の鑑定の結果(以下加藤鑑定という)によると、昭和四八年四月当時の右と別の近隣の七例の平均賃料(うち一例は更新料が授受されているが、これがため他の例に比し賃料が特に低額となったとはされていない。また、右鑑定によるとこれらの事例の宅地の条件には差があるが、これが賃料額に反映されていないとの理由から、右の平均は宅地条件による修正をしない平均値である)は一六四円二八銭であり、前記西村鑑定に示す五例を加えた一二例の右時点での平均は一五〇円四一銭であると認められる。

ただ、右の一二例のうち八例(加藤鑑定の七例のうち五例、西村鑑定の五例のうち三例)は一五〇円以上であるから、これが標準的な事例であると考えられ、特殊事例と見られるものを除く方法で平均値を試算すると、まず右各鑑定における事例のうち一五〇円と五〇円以上の差のある低額の二例を除いた一〇例の平均は一六一円、右のほか逆に四〇円の差のある最高額の一九〇円の事例をも除いた九例の平均値は一五七円七七銭である。

かような実際の取引事例を考慮すると、前述の本件借地の賃料の増額は近隣の例に比しやや低い水準にあったと考えられ、この点につき特に合理的な根拠は認め難いので、本件借地における従前の賃料額に基づいてスライド方式により適正賃料を求めるのは相当でないと考えられる。

(五)  次に加藤鑑定によると、昭和四九年から同五一年にかけても近隣の宅地の地価、租税負担及び賃料は上昇を続け、昭和四九年四月当時の近隣一〇例の賃料の平均は一九二円五〇銭、同五〇年四月当時の一一例の平均は二一一円五四銭、同五一年四月当時の一一例の平均は二三七円一八銭であることが認められる。

(六)  本件土地の近隣の賃料等の実情は以上のとおりである。ところで適正賃料を定める方式として土地の価格ないしいわゆる底地価格に一定率を乗じて算定する方法のあることは周知のとおりであるところ、その率をいくらとするかは極めて困難であるが(例えば金銭投資における一般利子率などをそのまま採用することは合理的でない)、いずれにしても借地取引の実情から遊離したものであってはならないと考えられる。

前記加藤鑑定によると、本件宅地の近辺の地域における借地取引の実情を酌んだものとして純賃料の底地価格に対する比率を一、二%としている。そこで、前記西村、加藤両鑑定並びに《証拠省略》によって認められる本件宅地の租税及び近隣の公示価格を基礎とし本件土地の個別的条件を比較考量して算出した本件土地の価格(各年度別価格は別表3のとおりである)に基いて前記比率によって賃料額を試算すると別表4のとおりとなり、昭和四八年四月当時の三・三平方メートル当りの月額賃料は一六一円三三銭、同五一年四月当時のそれは二三六円二二銭となる。

(七)  本件証拠から認定でき事実は以上のとおりである。そこでこれらの事実に基づいてまず昭和四八年四月当時の適正賃料について考察する。

まず、近隣の事例に基づく取引の実情から考えると、前記(四)に判示したように、標準的事例を中心に平均値を求めて三・三平方メートル当り月額一五七円ないし一六一円程度が一応相当な額と考えられる。また前記(六)の加藤鑑定に示された地価を基礎とする純賃料利回り方式による試算によれば、一六一円余となる。そこで両者を合わせ考慮し、本件土地の賃料は月額一万一六〇〇円(三・三平方メートル当り月額約一六〇円)をもって相当と考える。

(八)  次に昭和五一年当時の適正賃料について検討する。前記(五)のとおり、加藤鑑定による近隣一一例の平均は三・三平方メートル当り月額二三七円一八銭であり、また同鑑定における地価を基礎とした利回り方式により試算した賃料は二三六円二二銭(別表4)となる。ただ西村鑑定には昭和五一年度の事例はなく、右近隣事例は昭和四八年度のものと異り加藤鑑定のみによるものであるところ、前記(四)から知られるように加藤鑑定の事例は西村鑑定の事例よりもやや高額の傾向にあると考えられる(前記両鑑定によると、西村鑑定の昭和四八年度の事例は低額の二例を除いても平均一五三円余であるのに、加藤鑑定の同年度の全事例の平均は一六四円余であることが認められる)。

また、加藤鑑定により認められる本件土地の租税負担及び総理府統計局発表の東京都区部の消費者物価指数に基づき、昭和四八年四月当時の賃料を三・三平方メートル当り月額一六〇円とした場合の純賃料を物価指数にスライドさせた数値を求めると別表5のとおりとなり昭和五一年度の三・三平方メートル当り月額賃料は二二一円二五銭となる。

以上の諸点を総合勘案すると、本件で第二次の増額請求のあった昭和五一年一月一〇日当時の適正賃料は月額一万六六〇〇円(三・三平方メートル当り約二三〇円)をもって相当と考える。

なお、控訴人は同年九月請求による増額をも主張するけれども、同年一月における増額を認めた上さらに右の時点で増額を肯認すべき事情は認められない。

(九)  なお、被控訴人は本件土地が湿潤の低地である等近隣の土地に比較して特に劣悪の条件にあると主張するけれどもこれを認めるに足る証拠はない。

また、控訴人は、本件において地代家賃統制令による統制額にまで当然増額が認められるべき旨主張するけれども、その採りえないことは原判決の説くとおりであるから、この点に関する原判決の理由(原判決七枚目裏五行目から八枚目表二行目まで)を引用する。

五  以上によれば、本件土地の賃料は、控訴人の前記各増額請求により昭和四八年五月一日以降月額一万一六〇〇円に、さらに同五一年一月一一日以降月額一万六六〇〇円にそれぞれ増額されたものというべきであり、控訴人の本訴請求は右の限度で理由があり、その余は失当として棄却すべきである。

よって、これと異る原判決を変更することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条、第九二条本文、第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 堂薗守正 裁判官山田二郎は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 安岡満彦)

<以下省略>

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